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素描・下絵
主な所蔵作品の紹介
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「 BANTING(大下絵) 」
作品解説
「 BANTING(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 133.9cm×195.0cm
- 制作年
- 1960(昭和35)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
第3回新日展出品作の大下絵。題材は南アジアの代表的なジャワ野牛。バックは箱根大涌谷周辺の風景。この年は審査員も務めた。
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「 夏日小景(大下絵) 」
作品解説
「 夏日小景(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 71.0cm×116.0cm
- 制作年
- 1929(昭和4)
- 形 態
- 紙本、額装
東京美術学校4年生在学中、第10回帝国美術院展覧会に出品し、初入選した作品の大下絵。残念ながら本画は1945年、第二次世界大戦中の岐阜空襲の時、焼失
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「 夏休み(大下絵) 」
作品解説
「 夏休み(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 174.0cm×181.0cm
- 制作年
- 1934(昭和9)
- 形 態
- 紙本、額装
第15回帝展出品作の大下絵。生家(岐阜市美殿町)の裏庭で兄弟姉妹が夏休みの宿題がしている。作品の右が栄三の妹、中央が栄三の弟、左が栄三の姉の子。本画は現在は行方不明
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「 牛(素描) 」
作品解説
「 牛(素描) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 26.0cm×34.5cm
- 制作年
- 1936(昭和11)
- 形 態
- 紙本、額装
昭和11年秋に文部省美術展覧会審査展が開かれ、これに初出展し、文部大臣賞を受賞した「薄暮」のスケッチ。昭和20年7月9日、岐阜市美殿町で空襲にて焼失。取材地は新潟で牛が海岸に佇む光景に感激し描いたもの
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「 月響(大下絵) 」
作品解説
「 月響(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 174.0cm×181.0cm
- 制作年
- 1948(昭和23)
- 形 態
- 紙本、額装
日展の閉鎖的な権威主義への批判から山本丘人とともに立ちあげた創造美術第1回展出品作の大下絵。岐阜県本巣市と山県市にまたがる舟伏山と郷里、長良川畔を取材し描いた。
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「 月響(素描) 」
作品解説
「 月響(素描) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 46.2cm×159.4cm
- 制作年
- 1948(昭和23)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
岐阜県本巣市と山県市にまたがる舟伏山と郷里、長良川畔を取材し描いた素描
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「 秋(大下絵) 」
作品解説
「 秋(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 197.5cm×163.5cm
- 制作年
- 1931(昭和6)
- 形 態
- 紙本、額装
東京美術学校卒業制作の大下絵。本画は東京美術学校が所蔵。
師、結城素明が唱えた无声会的自然主義と西洋画的リアリズムを意識した作品 -
「 雷神(大下絵) 」
作品解説
「 雷神(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 221.0cm×141.0cm
- 制作年
- 1965(昭和40)
- 形 態
- 紙本額装
第8回新日展出品作の大下絵。1964年(昭和39)宗達の風神雷神神屏風との出逢いが、この名作「雷神」を生み出すきっかけとなった。感激と嬉しさが忘れられず妙法院の国宝風神雷神の彫刻からヒントを得て制作されたという。「雷神」は昭和53年日展70年記念展に出品された栄三の代表作
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「 涼(大下絵) 」
作品解説
「 涼(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 193.0cm×112.1cm
- 制作年
- 1963(昭和38)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
栄三は50歳になった1956年(昭和31)、第12回日展に「篝火」を出品し、以降、多くの鵜飼にまつわる名品を描き続けた。
本作品は第6回新日展出品作の大下絵。その後本画は昭和41年第16回未更会展に出展。昭和42年第5回錦銀装会展に出展。昭和45年春風会展に出展 -
「 刻(大下絵) 」
作品解説
「 刻(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 162.0cm×227.3cm
- 制作年
- 1969(昭和44)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
第1回改組日展出品作の大下絵。インドの旅からの取材で、デカン高原のアジァンタ石窟を描いた。本画は昭和55年戦後の日本画展ー巨匠展Ⅳにも出展
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「 紙漉き(素描) 」
作品解説
「 紙漉き(素描) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 48.2cm×53.0cm
- 制作年
- 1936(昭和11)
- 形 態
- 紙本、額装
第1回改組帝展出品作「紙漉き」の制作に用いられた素描。本画は昭和20年7月9日、岐阜市美殿町で空襲にて焼失
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「 草炎(大下絵) 」
作品解説
「 草炎(大下絵) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 112.0cm×194.0cm
- 制作年
- 1951(昭和26)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
昭和26年第7回日展に初出展した作品の大下絵。本画は日展出展後、昭和32年現代美術10年の傑作展、昭和35年神奈川県立近代美術館で「小山敬三・加藤栄三自選展」に出展。
岐阜県の蛭ケ野高原で取材 -
「 葡萄(素描) 」
作品解説
「 葡萄(素描) 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 60.8cm×86.5cm
- 制作年
- 1934(昭和9)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
第15回帝展出品作「夏休み」の制作に用いられた素描。本画は昭和20年7月9日、岐阜市美殿町で空襲にて焼失
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「 獅子頭 」
作品解説
「 獅子頭 」 加藤栄三 作
- 号 数
- 38.0cm×51.5cm
- 制作年
- 1970(昭和45)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
第2回改組日展出品作「飛騨」を描くために訪れた飛騨高山で写生した何枚かの素描のうちの1点と考えられる作品
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「 飛騨春祭(素描) 」
作品解説
「 飛騨春祭(素描) 」 加藤東一 作
- 号 数
- 38.4cm×51.0cm
- 制作年
- 1968(昭和43)
- 形 態
- 紙本彩色、額装
加藤東一はしばしば帰郷しては岐阜・高山祭を取材していた。
本作品は1968年(昭和43)4月15日の春の高山祭の山車を描いた素描の中でも秀逸の1点 -
「 鵜飼(素描) 」
作品解説
「 鵜飼(素描) 」 加藤東一 作
- 号 数
- 33.5cm×42.7cm
- 制作年
- 制作年不詳
- 形 態
- 紙本額装
加藤東一は1979年(昭和54)頃より鵜飼の作品を発表した。東一は「私は、私なりに子供の頃から間近に見てきたことと、玉堂・青邨先生、そして兄貴らが鵜飼に取り組んでいますから、私も鵜飼というものを何かの形で継承したいな、といった気持ちで鵜飼を描いてきました。」と鵜飼を描くことについて語った。
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「 風神(素描) 」
作品解説
「 風神(素描) 」 加藤東一 作
- 号 数
- 76.5cm×48.6cm
- 制作年
- 1975(昭和50)
- 形 態
- 紙本額装
第7回改組日展に出展した「風神」を描くために三十三間堂の湛慶作「風神」を取材したときの素描
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「 風神(大下絵) 」
作品解説
「 風神(大下絵) 」 加藤東一 作
- 号 数
- 222.5cm×171.0cm
- 制作年
- 1975(昭和50)
- 形 態
- 紙本額装
第7回改組日展出品作の大下絵。「兄、栄三が生きていればきっと風神も描いたであろう」という思いから、鎮魂の意味を込め制作された作品
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「 鵜(素描) 」
作品解説
「 鵜(素描) 」 加藤東一 作
- 号 数
- 33.5cm×42.7cm
- 制作年
- 1992(平成4)頃
- 形 態
- 紙本水墨、額装
1993年(平成5)に完成された金閣寺大書院障壁画のために描かれた小下絵(草稿)の一枚だと考えられる。